三十代の暮らしぶり

1980年生まれ 37歳 妻と息子と3人暮らし

なぜ調達職に就いたか?設計が嫌になったのか?

最近、「どうして調達に?設計が嫌になったの?」という質問を頂くことが多いので、その回答を踏まえつつ2014/2以降の流れを記録しておこうと思います。

 

 2014/2/1 NHKが報道。

結果的に一部誤報も含まれていましたが、僕は朝7:00のTV報道で知り、報道がどこまで正しいかは別として「何かが起こる?!」っということを察しました。

ここからの一連の報道はここでもまとめられています。

ソニーが「VAIO」ブランドのPC事業売却について投資ファンドと交渉か - GIGAZINE

何が起こるのかよく分からないながら、いくつかのケースを想定してこの日から家族会議を始めました。

結論としてまず決まったのが「大町に住み続ける」でした。

次に決めたのが「可能であれば今の仕事を継続」。

元々、実家が大町市で、その実家からほど近い中古住宅を購入して住んでいました。

2013.7.31に母が何の前触れもなく突然倒れてその日の内に天国へ旅立ち、父が何の準備もなく独り暮らしを始めたこと。

2007.10.21の結婚以来、泣かず飛ばず、もう子供はできないんじゃないかと思っていた矢先、2013.10.21の3回目の人工授精で子供を授かったこと。

この2つの大きなできごことが大町に留まる決断を後押しした様な気がします。

その心境を語ったところ、それが結果的に懐妊報告となり、お祝いメッセージを頂くこととなりましたw

 

そして2/6のあの発表を迎え、

Sony Japan | ニュースリリース | PC事業の譲渡に関する意向確認書の締結について

 様々な想像を巡らせていた展開が明らかになりました。

 

そして募集が始まり、

その時点で自分がやっていた職種募集がなかったので、早速迷いました。

「どこに応募するべきか。。。」

 1週間くらい考えた末、「会社そのものを良いものしたい。それには経営に近い職種が良いのではないか」と考え、全く未経験の「経営管理」に応募しました。これは書類選考であっさり落選。いま思えば落ちて当然なのですが、その時はその時なりに良かれと思った決断でした。一度はこの時点でもう道は閉ざされたと思い、再就職の道を考え始めました。

 

ところが翌週、あらためて募集ができることとなり、今度は設計職へ応募。待てど暮らせど2週間ほど全く何の連絡もなく悶々とした日々を過ごしてようやく面接が行われ、そこからさらに2週間ほど時間を要して得た結果が「ミスマッチ」。

ただし、「設計はミスマッチだったが調達職はマッチングの可能性があるので面接を受けないか?」と打診があり、面接を受け、その日の夕方には内々定を頂いた。という次第です。

 

「職種を問わず前向きに取り組み貢献したい」と意思表示していましたのでそれも良かったのかもしれません。

 

ということで、以上が僕が調達にジョインした経緯です。

不慣れながらぼちぼち勉強しながらがんばっております。