三十代の暮らしぶり

1980年生まれ 37歳 妻と息子と3人暮らし

今週のお題:私の転機

はてなのキャンペーンで、毎週提示されたお題についてブログを書くというものがありまして、挑戦してみたいと思います。


さて、僕の転機ですが、、、

  • 小学校5年、スラムダンクを読んでバスケにはまる。
    • スラムダンク (1) (ジャンプ・コミックス)を読んで、休み時間にバスケをやる様になりました。中学校もバスケ部、今も会社のバスケ部に入ってます。
  • 1991年。F1日本GPをTVで見て、F1にはまる。
    • 当時、小学校5年か、6年でした。それ以前も、F1をTVでちょこちょこと見たことがあったのですが、しっかり、まるまる見たのは初めて。しかも、これをキッカケにF1にハマりました。当時のスターはアイルトン・セナで、この日本GPにチャンピオン決定がかかっていました。トップ走行中、チャンピオンを争っていた2位のナイジェル・マンセルが1コーナーでしかけるものの、そのままアウトにはらんでしまい、コースアウト、リタイア。その瞬間にセナのワールド・チャンピオンが決定。終盤までトップ走行していましたが、ファイナルラップの最終コーナーで、2位を走行していたチームメイトのゲルハルト・ベルガーに優勝を譲るというイキな演出をしたレースでした。それ以来、数年に渡って、夢はF1ドライバーになりました。
  • 中学2年の冬。進路が決まった。
    • 冬は近くの小学校横のグランドでスケートができました。今でも冷え込んだ日はできます。そこの管理は、近所の同級生の家で行っていて、その同級生のお父さんに、僕のスケートの刃を砥いでもらえることになり、グランド横の小さなプレハブの中で砥いでもらい、僕はその横で話をしながら待っていました。時期が時期なだけに進路の話にもなり、その当時は、普通高校か、工業高校を経て、大学に行こうかと考えていたのですが、同級生のお父さんは高専を勧めてきました。同級生のお兄さんが高専に行っていて、様子を知っていた様で、詳しいことは忘れてしまったのですが、色々と高専について話を聞いて、高専に行こうと思い立ったわけでした。
  • 高専1年。レーシングカートをはじめる。
    • 高専入学により、長野市で寮生活をすることになりました。すると、なんとなんと、当時、F1の中継でローカルCMを流していたカートショップが近くにあることが判り、とにかく行ってみる。あれよあれよと言う間に、小6の時は親に大反対されたカートをやっても良いという許可がおり、レーシングカートデビュー。
  • 高専2年。オーストラリア科学奨学生。挑戦してみると、なんとかなることがあることを知る。
    • 高専の廊下を歩いていたら、たまたま学生課の掲示板に貼ってあった募集要項を発見!ダメもとで応募して、面接試験も受け、奇跡的に合格。シドニー大学へ2週間行けました。
  • 08.10.01 異動。転機を感じた。
    • いきなり最近の話になりますが、急に部署異動になりました。異動の打診がとっても急だったので、『おっ?これって転機?!』っと思ったわけです。異動先の部署の仕事はようやく慣れてきたところですが、感触が掴めてきたので、更に頑張ろうと思います。